決裁箱を携帯する時代スマホが、そのまま決裁箱になった
机の上の決裁箱は、画面の中へ移り、ついにポケットの中へ入った。NGWから機能を大幅に削って作った外郭団体向けグループウェアCGWは、最初からスマホを決裁専用の道具として設計した。館長や会長が事務所に居なくても、どこにいても決裁ができる。残念なのは、閉じた行政ネットワークの中では使えないことだけだ。
決裁箱の話を、もう一度しよう。
かつて役所の決裁は、机の上の決裁箱から始まった。紙の起案書を積んで、係長・課長・部長へと机から机へ回していく、あの定番の備品だ。NGW で作ったオンライン決裁は、その箱を画面の中へ移した。決裁箱を知らない世代がもう庁舎にいる、という話まで書いた。
今日はその続きだ。決裁箱は、ついにポケットの中に入った。
CGWという、削ってできた弟分
NGW には CGW という弟分がいる。Collaboration Groupware、外郭団体向けのグループウェアだ。
自治体の本体で使う NGW は、行政事務のあらゆる場面を抱え込んだ大きな体をしている。だが自治体の外郭団体——公民館や、各種の協議会・事業団——には、その全部は要らない。NGW から機能を大幅に削り、簡素化して、外郭団体向けの会計システムとして組み直したのが CGW である。
削って作ったから身が軽い。目標は最初からひとつだった。外郭団体でも、ペーパーレスのオンライン決裁をやる。 大きな役所だけの話にしない。
公民館の、書記と館長
CGW が相手にする現場は、たとえば公民館だ。
そこでの決裁はこういう形をしている。書記が書類や伝票を起案し、館長がそれを決裁して承認する。 縦に長い役所の決裁欄とは違う、ぐっと短い経路だ。人数も少ない。だからこそ仕組みは徹底して簡素でいい。
会計システムとしての中身は、意外としっかりしている。予算管理から予算書が作れる。伝票処理を積み上げて決算処理をすれば、決算書が数分で完成する。 外郭団体にとって一年でいちばん面倒な仕事——総会資料——の、その半分をシステムがそのまま吐き出す。数字を手で拾い直して電卓を叩く、あの徒労が消える。
事務所に、館長はいない
ここに外郭団体ならではの事情がある。
館長や会長は、事務所に常駐していない。本業を別に持ち、非常勤で役を担っていることも多い。普段は自分の仕事場にいて、決裁のときだけ事務所に顔を出す。紙のままだと、決裁のためだけにわざわざ事務所へ出向く必要がある。
書記が起案を仕上げても、館長が来るまで書類は箱の中で眠る。急ぎの伝票ひとつが、館長のスケジュール次第で何日も止まる。小さな組織ほど、この「決裁者が席にいない」問題は重くのしかかる。
最初から、スマホが決裁箱だった
だから CGW は、後付けでスマホ対応を足したのではない。最初から、スマホからのアクセスを決裁専用の道具として設計した。
館長や会長は、自分の仕事場にいても、外出先にいても、手のひらの中で決裁できる。承認するか、やり直すか。開いて、確かめて、押す。それだけだ。事務所へ向かう車の時間も、館長の到着を待つ書記の宙ぶらりんな半日も、まるごと消える。
紙の決裁箱は、机から動かせなかった。画面の中の決裁箱は、庁舎のパソコンに縛られていた。CGW の決裁箱は、館長のポケットについてくる。
ついに、決裁箱を携帯する時代
言葉にすればこうだ。
ついに、決裁箱を携帯する時代になった。
机の上にあった箱が、画面の中へ移り、そしてポケットの中へ入った。三十年前、汎用機の前で元号変換を徹夜でやっていた人間からすると、これはちょっとした眩暈がする光景である。あの木の箱が、電波に乗って館長の手のひらに収まっているのだ。
大きな役所のためだけの話ではない。小さな外郭団体こそ、決裁者が席にいないという事情が切実で、携帯できる決裁箱の恩恵がいちばん大きい。 身を軽くした弟分が、いちばん身軽な使われ方をしている。
残念なのは、ひとつだけ
弱点も書いておく。
CGW の携帯できる決裁箱には、使えない場所がひとつだけある。 閉じた行政ネットワーク——外部から遮断された、あの堅牢な環境——の中に導入した場合だ。外からのスマホアクセスという長所が、そのまま使えなくなる。安全のために閉じているのだから当然といえば当然だが、いちばんの売りが封じられるのは惜しい。
安全と便利。この二つはいつもきれいには両立しない。CGW は便利の側に振り切って設計した道具だから、閉じた壁の内側ではその良さの一部を諦めることになる。ここは今も宿題として残っている。
AIとの協働作業での学び
決裁箱の四十年を、一本の線で眺めてみる。机の上の木の箱。画面の中のワークフロー。ポケットの中のアプリ。道具は変わり果てたが、やっていることは同じだ。 起案があり、承認があり、それで組織が前に進む。この骨格は木の箱の時代から一ミリも動いていない。
CGW がやったのは、NGW から機能を削って身を軽くし、削って空いたぶんだけ「どこでも決裁できる」を突き詰めた、それだけである。機能を足すのではなく、現場のいちばん切実な困りごと——決裁者が席にいない——にだけ、まっすぐ手を伸ばした。 削ることで、かえって本質が際立った。
閉じたネットワークでは使えないという宿題も、隠さず抱えておく。良い道具ほど、できることと引き換えに諦めたことがある。その両方を正直に台帳に載せておくことが、次に何を作るかの道しるべになる。
……ところで、私はいまだに「決裁箱」と言われれば、あの木の箱の重さと、紙の角が指に当たる感触を先に思い出す。館長がスマホを押している姿は、まだ像として結ばない。道具のほうが、こっちの頭より先へ行ってしまったのである。