とうとう100本NGW TECH BLOG の100記事をふりかえる
NGW TECH BLOGが100本を超えた。数字で見ると何を書いてきたのか、月ごとに話題はどう動いたのか。7月に偏った理由と、100本のなかで一番効いた習慣をふりかえる。
とうとう100本になった。#100 を書いたのが10月20日。この記事は、その翌日に書いている。
先に言っておくと、100本を目標にしたことは一度もない。気づいたら100本あった。だから今日は、書いた記事の側から、自分が何をやってきたのかを見直してみる。
数字で見る100本
- 記事の数は 102本(この記事を含む)
- 文字数は、全部で 約42万字
- いちばん多いタグは NGW(52本)、次が 設計(47本)、AI(41本)、運用(28本)、ふりかえり(21本)
「設計」と「AI」が、ほぼ並んでいるのが面白い。設計の話を書いていたら、そこにはたいていAIがいた、ということだ。
月ごとの本数はこうなる。
| 月 | 本数 |
|---|---|
| 6月 | 19 |
| 7月 | 56 |
| 8月 | 13 |
| 9月 | 8 |
| 10月 | 5(21日まで) |
7月に半分以上が集中している。 数字を見て、自分でも驚いた。
7月に56本、なぜ偏ったのか
ブログを開いたのは7月4日で、開設の記事が #29 だ。つまり、開設の時点で、日付が6月から7月3日までの記事がすでに28本並んでいた。 書き溜めてあった設計判断を、まとめて出した形になる。
そのあとの7月は、機能の解説(決裁・文書管理・帳票・メニュー)を一気に書いた。NGWの中身を、はじめて言葉にした月だった。手元にあった「説明していないこと」を吐き出した月と言える。
8月以降は、ペースがはっきり落ちる。かわりに話題が変わった。
話題の流れ
読み返すと、月ごとに主役が入れ替わっている。
- 6月:設計の教訓。 switchをmatchに変えたら静かに壊れた、「唯一の基準」を作る。小さな失敗の記録が中心だった。
- 7月:NGWの中身と、AIとの関係。 AIを開発に迎えるまで、オンライン決裁。そして最初のLinux、VMに、自分の住所は要らなかった。
- 8月:バックアップと運用。 バックアップは「取った」ではなく「戻せる」 に行き着くまで、何度も書いた。
- 9月:周辺を整える。 取説を検索できるサイトにした、デモ動画。
- 10月:広げる。 LGWAN向けメール、Officeビューワー、ファイルサーバ、そして消防向けのFGW。
「直す話」から「作る話」へ、そして「広げる話」へ。ブログの動きは、そのままICTCacaoの仕事の動きだった。
100本のなかで、いちばん効いた習慣
記事の中身より、書く習慣そのものが効いたと思っている。
1. 失敗を、その日のうちに書く。 直したばかりの記憶は鮮明で、原因も、直した理由も、まだ自分の言葉で言える。1週間たつと、もう「なんで直したんだっけ」になる。
2. 結論から書かず、判断の過程を書く。 コードは「何をしたか」しか語らない。「なぜそうしたか」と「やらなかったこと」は、記事にしないと消える。
3. 前に書いたことは、書かない。 主題が被るなら、リンクで送る。これを決めてから、記事が短く、鋭くなった。
書いたものが、あとで自分を助けた
書いた記事は、そのまま設計の記録になる。バックアップの考え方も、Linux構築の引き渡しも、あとから「前にどうしたか」を確かめる先が、記事になった。
AIに前提を伝えるときにも効く。AIには日記がないので、記録を渡さないと、毎回ゼロから説明することになる。ブログは、人間のための記録であると同時に、AIに渡せる記憶でもあった。
次の100本
次の100本が何になるかは、わからない。ただ、書くことは増えているはずだ。Linux版、FGW、そして小さな団体向けの構成。まだ言葉にしていない判断が、頭の中に山ほど残っている。
ひとつだけ決めているのは、数を追わないことだ。7月のように一気に出すより、直した日に、直した理由を書く。それを続けた先に、200本があればいい。
AIとの協働作業での学び
- 記録の価値は、読み返したときに決まる。 100本は、未来の自分とAIへの引き継ぎ資料になる。
- AIと書くと、書くことへのハードルが下がる。 下書きの壁打ちができるので、「今日は書けない」が減った。ただし、何を書くかを決めるのは人間だ。
- 数字を出してもらうのは、AIの得意分野。 タグの集計も、月ごとの本数も、一瞬で出た。そこから何を読み取るかは、こちらの仕事。
- この記事の数字は、実際の記事ファイルから集計した。 記憶で書くと、きっと「もっと書いた気がする」になっていた。